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東京高等裁判所 平成12年(ネ)922号 判決

平成一二年(ネ)第九二二号損害賠償請求・損害賠償反訴請求控訴事件、同年(ネ)第二一四五号同附帯控訴事件

控訴人(附帯被控訴人)

訴訟代理人弁護士

高橋正雄

被控訴人(附帯控訴人)

株式会社永岡書店

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

今井征夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決中、本訴請求についての附帯控訴人(被控訴人)敗訴部分(主文第一項)を取り消す。

三  右取消しに係る控訴人(附帯被控訴人)の請求を棄却する。

四  控訴人の当審における請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一審において生じたものは、本訴反訴を通じてこれを五分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、当審において生じたものは、全部控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)

1  原判決中、控訴人敗訴部分(主文第二項)を取り消す。

2  被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)は、控訴人に対し、金二〇一一万〇六六〇円及びこれに対する平成七年二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。

なお、当裁判所も、「ブティック社」、「ブティック図書」、「ジョア社」、「台英本」、「台英社」、「人民出版」、「笛藤出版」、「笛藤本」、「笛藤出版との契約」、「エレックスメディア社」、「永岡図書」、「本件契約」、「排他的使用許諾条項」、「二次的使用条項」の用語を、原判決の用法に従って用いる。

一  当審における控訴人の主張の要点

1  被控訴人は、株式会社トーハン(以下「トーハン」という。)を介して、笛藤出版との契約をした。トーハンは、右契約を成立させることにつき、控訴人の承諾を取ったことも取ろうとしたこともないから、これは、被控訴人とトーハンの共同不法行為である。被控訴人とトーハンは、この共同不法行為によって、八〇〇万円を笛藤出版から領得した。このことは、取りも直さず、控訴人に対して八〇〇万円の損害を与えたことになるものである。

2(一)  原判決は、台英本の販売により控訴人が得られる著作物使用料を一部当たり一〇円とした(原判決四〇頁)。しかし、台英本の販売により控訴人が得られる著作物使用料は、一巻が二万部までは一〇円、その部数を超えるものは台湾における定価の五%という約定であった。

台英本の販売部数は、一六〇万一四九〇部である。このうち、六一巻から七〇巻までの販売数八万九三八〇部は、控訴人が例外的に、国際親善のために安価としたものであるから、台英本の通常分の発刊分は、これを控除した一五一万二一一〇部である。

台英本は六〇巻発行されているから、二万部を超える分は、一五一万二一一〇部から一二〇万部(二万部×六〇巻)を控除した三一万二一一〇部である。

したがって、これについての控訴人の逸失利益は、三一万二一一〇部×(台湾での台英本の一部の定価一二〇元を日本円に換算した四八〇円に五%を乗じた金額である二四円)=七四九万〇六四〇円である。

ジョア社が、台英本につき、二万部を超えた部分についても一部当たり一〇円しか支払わなかったのは事実である。しかし、それは、平成六年一〇月二一日よりも一年ほど前から、笛藤本が台湾で販売されていたために、台英本が二万部を超えていても、これを超えた部数について、台湾における定価の五%という約定の著作物使用料を支払うことができない状況であったので、とりあえず一冊当たり一〇円のままで一応計算していただけのことである。

(二)  出版社が、控訴人に支払う著作物使用料は、その販売した実部数ではなく、出版部数に相応して支払われるのが慣行である。笛藤出版は、笛藤本一〇〇巻を各巻五〇〇〇部宛印刷して発行しており、その著作物使用料を被控訴人からトーハンに五%と提示している。したがって、控訴人の損害は、一〇〇巻×五〇〇〇部×笛藤本の定価七〇元(日本円約二八〇円)×五%=約七〇〇万円である。

3  控訴人は、台湾全土においてアニメ童話作家としての控訴人について新聞・テレビの報道がされ、控訴人による台湾軍の儀仗兵を随伴しての蒋介石廟への墓参等があった最中に、笛藤本の出版・販売が発覚したことによって、国際親善をも損なう回復不能の信用毀損・名誉毀損の損害を被った。また、ジョア社を通じてのアメリカ合衆国への翻訳出版もほとんどなくなってしまった。これらの損害に相当する慰謝料は、一〇〇万円を下らない。

4  なお、原判決には、弁護士費用の認容もない。

5  右各主張は、民法七〇九条に基づくものであるが、予備的には、著作権法一一三条三号に基づくものでもある。

6  当審における被控訴人の主張に対する認否

当審における被控訴人の主張の要点の1は認める。同2は、控訴人が、原判決の本訴請求認容額(主文第一項の金額)どおりの弁済の受領を拒絶したこと、及び被控訴人が原判決言い渡しの後、控訴人に対し、原判決の認容額を供託したことを認め、その余は争う。

二  当審における被控訴人の主張の要点

1  被控訴人は、原判決の本訴請求認容金員について、総額に当たる現金を用意したうえ、平成一二年一月二七日、控訴人代理人に対し、同月二八日に送金して支払う旨支払意思を明示して、送金先の金融機関を知らせてくれるように通知した。

2  これに対し、控訴人代理人は、控訴期間満了日まで待ってほしいと回答し、その後、別口の金銭支払を要求したうえ、被控訴人からの支払があれば右別口に充当するという回答をして、原判決の本訴請求認容金員としての弁済の受領を拒絶した。そこで、被控訴人は、平成一二年二月八日、原判決の本訴請求認容額である、元金二九五万三一〇〇円及びこれに対する弁済提供日である同年一月二八日までの、原判決に基づいて計算した遅延損害金四一万五八八七円の合計三三六万八九八七円を東京法務局に弁済供託した。

3  右のとおり、被控訴人は、原判決主文第一項の損害賠償債務を履行したので、控訴人の本訴請求を棄却するとの判決を求める。

第三当裁判所の判断

当裁判所の本訴請求についての判断は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」一の1ないし3と同じであるから、これを引用する。

一  当審における控訴人の主張に対する判断

1  控訴人は、当審において、笛藤出版との契約について、被控訴人とトーハンが共同不法行為をしたとの主張をする。右不法行為の主張は、原審においてされていなかった主張であるから、控訴人は、新たな請求をするものと解すべきである。

(一) しかし、本件契約の存在を前提として、なお、トーハン及び被控訴人の行為を不法行為とすべき事実については、その主張も、これを認めるに足りる証拠もない。

被控訴人に、本件契約の二次的使用条項に基づく義務の不履行があったことは、原判決認定のとおりであるけれども、債務不履行と不法行為とでは注意義務の内容その他の成立要件が異なるのであって、右条項によって負った義務の不履行が直ちに不法行為となるものではない。また、控訴人は、トーハンが控訴人に本件契約の承諾を取ろうとしたこともないと主張するが、被控訴人は、本件契約の二次的使用条項により、永岡図書の二次的使用に関する処理を控訴人から委任されていたのであるから、第三者であるトーハンが、受任者である被控訴人と交渉し、委任者に対する承諾をとろうとしなかったとしても、そのことをもって直ちにそれが不法行為となるということはできない。

(二) また、債務不履行をした者ないし不法行為をした者が利得をしたとしても、それがすべて債権者ないし被侵害者の損害となるものではない。本件についてこれをみると、永岡図書については、本件契約により、被控訴人の出版権が設定され、排他的使用許諾条項も存在したから(ブティック図書の出版について被控訴人が許諾を与えたとしても、それはブティック図書に限られた許諾であって、排他的使用許諾条項自体がこれによって失効するわけではない。)、控訴人は、永岡図書ないしこれに明らかに類似すると認められる内容の著作物を自ら出版し、又は第三者をして出版させることができなかったのであって、それが可能となるのは、相応の許諾料の支払等により被控訴人の許諾が得られた場合に限られたであろうことは自明である。したがって、本件においても、被控訴人の利得したものが、すべて控訴人の損害となるものではないこともまた、明らかである。

乙第七号証及び弁論の全趣旨によれば、笛藤出版との契約においては、著作物使用料は八〇〇万円であったが、被控訴人が取得したものは、そこから台湾における税金一六〇万円を控除した六四〇万円から、更にトーハンの手数料八〇万円を控除した五六〇万円であったことが認められる。右事実に照らせば、控訴人の主張する損害を、債務不履行によるものとみるにせよ、不法行為によるものとみるにせよ、その金額を、笛藤出版との契約における著作物使用料が八〇〇万円であることを根拠として、原判決が認容した金額である二六八万九三四〇円を超えるとすることはできないものというべきである。

2  控訴人は、台英本の販売により控訴人が得られる著作物使用料は、一巻が二万部までは一〇円、その部数を超えるものは台湾国内の定価の五%という約定であったと主張する。

(一) 甲第一〇三号証、第一一九号証によれば、控訴人は、昭和六三年ころ、ジョア社との間で、台英本について、一巻が二万部を超えた場合には、ジョア社の控訴人への支払印税率を台湾における定価の五%とするとの約束をしていたことが認められる。

(二) 甲第三三、第三四号証によれば、台英本の第一巻は、一九八九年(平成元年)一月ころ一万部、一九九〇年(平成二年)三月ころ五〇〇〇部、一九九一年(平成三年)三月ころ五〇〇〇部、一九九二年(平成四年)一月ころ五〇〇〇部、一九九三年(平成五年)二月ころ五〇〇〇部が発行され、同第四巻は、一九八九年(平成元年)一月ころ一万部、一九九〇年(平成二年)三月ころ五〇〇〇部、一九九一年(平成三年)七月ころ五〇〇〇部、一九九二年(平成四年)九月ころ五〇〇〇部、一九九四年(平成六年)一月ころ五〇〇〇部が発行され、いずれにおいても発行部数において優に二万部を超えているにもかかわらず、控訴人に支払われた著作物使用料は、すべてについて一〇円(ただし、一〇・〇九〇二円のときもある。)であること、右各支払は、右各掲記の月ころになされたことが認められる。

(三) 右事実によれば、右1認定の約束は、後に変更されているものと考えざるを得ず、したがって、台英本の販売により控訴人が得たはずの著作物使用料として認められるのは、一部当たり一〇円であるものというべきである。

(四) 控訴人は、台英本が二万部を超えた部数について控訴人に支払われた著作物使用料が一〇円であったのは、平成六年一〇月二一日よりも一年ほど前から笛藤本が台湾で販売されていたために、ジョア社は、台英本が二万部を超えた部数について、台湾国内の定価の五%の著作物使用料を支払うことができない状況であったためであると主張しており、台英本が二万部を超えた部数について控訴人に支払われた著作物使用料が一〇円であったことの原因が、笛藤出版との契約に係る被控訴人の債務不履行ないし不法行為によるものであると主張するようである。

しかし、笛藤出版との契約は、平成六年五月一六日のことであるから、平成六年一〇月二一日よりも一年ほど前から笛藤本が台湾で販売されていたとの控訴人の主張は、採用することができない。そして、前記(二)認定に係る、各巻についての既発行部数が二万部を超えた後に発行された、台英本の第一巻についての一九九二年(平成四年)一月ころの五〇〇〇部、一九九三年(平成五年)二月ころの五〇〇〇部、同第四巻についての、一九九二年(平成四年)九月ころの五〇〇〇部、一九九四年(平成六年)一月ころの五〇〇〇部の各著作物使用料の支払は、笛藤出版との契約の前であるから、台英本が二万部を超えた部数について控訴人に支払われた著作物使用料が一〇円であったことと、笛藤出版との契約との間に因果関係を認めることはできない。そうである以上、右著作物使用料が一〇円であったことと、笛藤出版との契約に係る被控訴人の債務不履行ないし不法行為(被控訴人の不法行為を認めることができないのは前示のとおりである。ここにいう不法行為は、仮にこれがあるとしたときのその不法行為の意である。)との間にも、因果関係を認めることができないことは明らかである。

3  控訴人は、著作物使用料は出版部数に相応して支払われるのが慣行であるとして、笛藤出版の著作物使用料をもって控訴人の損害であると主張する。

しかし、控訴人は、本訴において損害賠償を請求しているのであるから、契約に基づく著作物使用料の支払の慣行を基準として、控訴人の損害を算定することはできない。のみならず、笛藤出版が支払うべき著作物使用料を、すべて控訴人の損害ということができないことは、前記1(二)認定のとおりである。さらに、笛藤出版が、笛藤本の定価の五%を著作物使用料等として支払っているとか、これを被控訴人が取得していると認めるに足りる証拠はなく、仮に、控訴人の関与のもとで笛藤出版との間で使用料率に関する契約が締結されたとしても、控訴人が支払を受けることのできた使用料が、多くとも定価の三%としか認められないことは、原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」一3(二)(1)③(四五頁ないし四六頁)のとおりである。

控訴人の主張は、採用することができない。

4  慰謝料について

控訴人は、台湾全土においてアニメ童話作家としての控訴人について新聞・テレビの報道がされ、控訴人による台湾軍の儀仗兵を随伴しての蒋介石廟への墓参等があった最中に、笛藤本の出版・販売が発覚したことによって、国際親善をも損なう回復不能の信用毀損・名誉毀損が生じ、ジョア社を通じてのアメリカ合衆国への翻訳出版もほとんどなくなってしまったと主張する。

しかし、本件全証拠によっても、笛藤本の出版・販売の事実ないしこれが発覚した事実によって、控訴人が右報道をした台湾の新聞・テレビや台湾軍から責められたとか、これらに対する面目を失ったとかの事実を認めることはできない。また、笛藤本の出版・販売の事実ないしこれが発覚した事実が原因となって、ジョア社を通じてのアメリカ合衆国への翻訳出版もほとんどなくなってしまったと認めるに足りる証拠もない。原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」一3(二)(2)(慰謝料について)の認定に係る事実を始め本件証拠によって認められる諸事情を考慮すれば、控訴人の被った損害に相当する慰謝料としては、二〇万円が相当である。

5  弁護士費用について

控訴人は、当審の弁論終結日である平成一二年七月一三日に提出した準備書面において、「なお、原判決には、弁護士費用の認容もない。」と主張したのみであって、右主張は具体性を欠き、弁護士費用を損害として主張したものと解することはできない。

また、弁論の全趣旨によれば、本訴提起前から、被控訴人は、債務不履行については争うものの、人民出版、笛藤出版、エレックスメディア社から支払を受けた金員の一部を控訴人に支払う意思を表示しており、その金額は二三〇万円余であったことが認められる。そして、被控訴人が原判決言渡しの後、控訴人に対し、原判決の認容額を供託したことは当事者間に争いがない。また、本件全証拠によっても、被控訴人の債務不履行行為が、反社会的ないし反倫理的であるとか、被控訴人が本訴について争ったことが、不当抗争ないし不当応訴であるとか、とは認められない(なお、債務不履行後に被控訴人が控訴人に対して不適切な対応をとったことは、原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」一3(二)(2)(慰謝料について)認定のとおりであるけれども、右の点は、慰謝料の算定において考慮されているところである。)。以上の事実を考慮すれば、本件においては、債務不履行ないし不法行為(被控訴人の不法行為を認めることができないのは前示のとおりである。ここにいう不法行為は、仮にこれがあるとしたときのその不法行為の意である。)を理由とする控訴人の請求について、弁護士費用の賠償を請求することはできないものと解すべきである。

6  控訴人は、予備的に著作権法一一三条三号に基づいて、損害額を算定すると主張する。しかし、本件契約の存在を前提にして、なお、被控訴人が控訴人の著作権又は著作隣接権を侵害したと認めるに足りる証拠はない。のみならず、この点を別としても、控訴人の損害額についての主張に理由がないことは、前示のとおりである。

二  当審における被控訴人の主張に対する判断

当審における被控訴人の主張の要点1、並びに同2のうちの控訴人が、原判決の認容額どおりの弁済の受領を拒絶したこと、及び被控訴人が原判決言渡しの後、控訴人に対し、原判決の認容額を供託したことは当事者間に争いがなく、同2のうちのその余の事実は、甲第一一八号証、乙第一四ないし第一六号証によりこれを認める。

三  結論

以上によれば、原判決中、本訴請求を棄却した部分は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴人の本訴請求に係る債務不履行に基づく損害賠償請求権は、被控訴人の前記弁済供託により消滅したものというべきであって、原判決中、本訴請求を認容した部分(主文第一項)は、結果的に不当であるからこれを取り消して、右部分に係る控訴人の本訴請求を棄却することとし、また、控訴人の当審における請求である、不法行為に基づく損害賠償請求(損害について著作権法一一三条三号を根拠とする点も含む。)は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき、民訴法六一条、六二条、六四条、六七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)

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